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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)1666号 判決

原告

中部工機株式会社

被告

池永鉄工株式会社

主文

1  被告は原告に対し、金14万5543円およびこれに対する昭和54年1月28日から支払いずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

(原告)

1  被告は、別紙第1、第2各物件目録記載の物件を製造販売してはならない。

2  被告は、その本店、営業所および工場に存する前項の物件ならびにその半成品(前項の物件の構造を具備しているが、いまだ製品として完成していないもの)、仕掛品を廃棄し、同物件の製造設備を除却せよ。

3  被告は原告に対し、金554万5800円およびこれに対する昭和54年1月28日から支払いずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言。

(被告)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第2原告の請求原因

1  差止請求について

(1)  原告は、次の特許権(以下、これを本件特許権といい、その発明を本件発明という)の権利者である。

名称 氷塊および食品の切削装置

出願 昭和50年2月28日(特願昭50―67773)

公開 昭和51年11月9日(特開昭51―128462)

公告 昭和53年8月15日(特公昭53―28503)

登録 昭和56年2月20日(第1033394号)

特許請求の範囲

上方に向つて拡径した固定円錐ケース4の周部上方に切削刃7を臨ませた切削物排出口6を設け、前記円錐ケース4内にその内面に沿つて回転羽根15を設け、その回転羽根15の上面に下方に向つて拡径した回転ホツパ18を一体的に構成したことを特徴とする氷塊および食品の切削装置。

(2)  本件発明の構成要件およびその作用効果は、次のとおりである。

1 構成要件

(1) 上方に向つて拡径した固定円錐ケース4を有すること、

(2) 円錐ケース4の周部上方に切削刃7を臨ませた切削物排出口6を設けること、

(3)  円錐ケース4内にその内面に沿つて回転羽根15を設けること、

(4)  その回転羽根15の上面に下方に向つて拡径した回転ホツパ18を一体的に構成することからなる

(5)  氷塊および食品の切削装置。

2 作用効果

① 回転ホツパ18の上端口から小氷塊25を円錐ケース4の底部に投入し、回転羽根15の羽根17によつて旋回を与えると、小氷塊25に遠心力を生じ旋回しながら円錐ケース4の内面に沿つて上昇し、遠心力により切削刃7に接してその一部が切削されて、切削物排出口6から排出される。

② ホツパ18内の小氷塊も円錐ケース4内の小氷塊も、回転羽根15によつて一体的に回転するので、氷塊同志の衝撃を生ずることがなく、切削を円滑に行うことができ、したがつて、氷塊同志の衝撃による騒音の発生がなく、運転音は、全く静かである。

③ 運転中であつても、小氷塊の回転ホツパ18への投入も容易であつて、切削中の小氷塊が、回転羽根15によりはね返されて、ホツパ18から飛び出てくるおそれはない。

④ 切削刃7による極薄板状切削を、連続的に行え、高能率化できる。

⑤ 切削刃7に接する小氷塊群の末端部分は、円錐室内の一部を構成する切削刃7の末端に安定的に押しつけられ、小氷塊群の量に無関係に切削効率が良い。

⑥ 被切削物が、氷塊の場合には、融解水は、円錐ケース4の下部に設けた水抜口21より流出するため、切削刃7により切削され切削物排出口6より排出される削氷は、水を全く含まない上質の雪状のものが得られる。

(3) 被告は、昭和52年7月頃から、別紙第1、第2各物件目録記載の氷削機(以下、第1物件目録のものをイ号物件といい、第2物件目録のものをロ号物件という)を業として製造販売している。

(4)  イ号物件およびロ号物件は、それぞれ、次のような構成および作用効果を有している(なお、以下においていう「円錘」と、本件発明に関して述べた「円錐」は、同義である)。

(イ号物件)

1 構成

(1)' 上方に向つて拡径した固定円錘ケース1を有すること、

(2)' 円錘ケース1の周部上方に切削刃3を臨ませた切削氷排出口2を設けること、

(3)' 円錘ケース1内にその内面に沿つて回転羽根5を設けること、

(4)' その回転羽根5の上面に下方に向つて拡径した回転ホツパ7を一体的に構成することからなる

(5)' 氷削機。

2 作用効果

イ号物件は、右の構成からなることによつて、本件発明の前記①ないし⑥と同一の作用効果を有している。

(ロ号物件)

1 構成

(1)' 下方に向つて拡径した截頭円錘形の筒状体(コーン)18aを、回転自在に垂設した駆動軸14に固着すること、

(2)' フレーム3に固着したシエービングプレート1の中央部から一側外周縁の近傍に達する部分に、カツター5を臨ませた切削氷排出口(細溝)4を設け、シエービングプレート1の上面に近接して、コーン18aを取付けること、

(3)' コーン18aの内周面に、先端面を該コーンに一体的に連接しかつ下端から上端に向つて回転方向に鋭角に傾斜した3枚のブレード18bを放射状に設けること、

(4)' コーン18aおよびブレード18bからなるコーンブレード18の上端開口部に、下方に向つて拡径した截頭円錘形筒状体のバレル24を一体的に構成することからなる、

(5)' 氷削機。

2 作用効果

ロ号物件は、右の構成からなることによつて、本件発明の前記①ないし⑥と同一の作用効果を有している。

(5) イ号物件と本件発明の対比

イ号物件の前記(1)'ないし(4)'の構成が、それぞれ、本件発明の前記(1)ないし(4)の構成要件を充足することは明らかであり、イ号物件が本件発明と同一の作用効果を有することは、前記のとおりである。

したがつて、イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属する。

(6) ロ号物件と本件発明の対比

ロ号物件も、本件発明の技術的範囲に属する。すなわち、

1 まず、ロ号物件の(4)'、(5)'の構成が、本件発明の(4)、(5)の構成要件をそれぞれ充足することは明らかである。

2 次に、ロ号物件の(1)'ないし(3)'の構成を、本件発明の(1)ないし(3)の構成要件と対比してみると、それぞれ、以下のような相違点があり、必ずしも、右各構成要件をそのまま充足するものではない。

(1) 構成要件(1)と構成(1)'の対比

イ 共通点

本件発明は、円錐ケース4を有し、ロ号物件も、截頭円錘形筒状体(コーン)18aを有している。

ロ 相違点

本件発明の円錐ケース4は、上方に拡径しかつ固定されたものであるのに対し、ロ号物件のコーン18aは、下方に拡径しかつ回転する。

(2) 構成要件(2)と構成(2)'の対比

イ 共通点

本件発明は、円錐ケースの底(直径の大きい方)端部附近に切削刃7を臨ませた切削物排出口6を固定して設けており、ロ号物件も、コーン18aとシエービングプレート1によつて形成される円錘形室の底(直径の大きい方)端部附近に、カツター5を臨ませた切削氷排出口4を固定して設けている。

ロ 相違点

本件発明の切削物排出口6が、円錐ケース4の底端部附近ではあるが、該ケースの周部(周壁)上方に設けられているのに対し、ロ号物件の切削氷排出口4は、右円錘形室の周部(周壁)にではなく、その底面であるシエービングプレート1の中央部から1側外周縁の近傍に達する部分に設けられている。

(3) 構成要件(3)と構成(3)'の対比

イ 共通点

本件発明は、円錐ケース4内にその内面に沿つて回転羽根15を設けており、ロ号物件も、コーン18aの内にその内周面に沿つて回転するブレード18bを設けている。

ロ 相違点

本件発明の回転羽根15は、それだけが回転するのに対し、ロ号物件のブレード18bは、コーン18aと一体となつて回転する。

3 しかしながら、右差異は、本件発明の非特徴的(非本質的)部分に関する設計上の微差にすぎず、両者は、互いに均等なものである。すなわち、

(1) 本件発明は、氷塊および食品の切削装置に関するもので、その能率的切削とくに極薄板状切削を能率的に行えるようにすることを目的とし、右課題解決のために、上方に向つて拡径した固定円錐ケース4内に設けた回転羽根15の上面に下方に向つて拡径した回転ホツパ18を一体的に構成すること(構成要件(4))を提案したものであり(本件発明の公報=特公昭53―28503号公報1欄14行目から26行目まで参照)、これにより、ホツパ18内の小氷塊も円錐ケース4内の小氷塊も回転羽根15によつて一体的に回転するので氷塊同志の衝撃を生ずることがなく、切削を円滑に行うことができ、したがつて、氷塊同志の衝撃による騒音の発生がなく運転者(者は音の誤り)は全く静かであり、また、運転中であつても、小氷塊の回転ホツパ18への投入も容易であつて、切削中の小氷塊が回転羽根15によりはね返されてホツパ18から飛び出てくるおそれはなく、切削刃7による極薄板状切削を連続的に行え高能率化できるようにしたもの(前記本件発明の効果②ないし④)である(同公報2欄31行目から3欄4行目まで参照)。

(2) そして、本件発明の構成要件(4)が、新規でかつ進歩性のあるものであつたことは、次の事実によつて、裏づけられている。

イ まず、本件発明の審査にあたり、実公昭45―24552号公報(以下、引用公報という)が引用されたが、そこでは、回転羽根の上面に下方に向つて拡径した回転ホツパを一体的に構成することは全く示されておらず、本件発明は出願どおり公告された(ちなみに、右引用公報の「実用新案登録請求の範囲」の記載は、別紙引用技術目録の「登録請求の範囲」欄記載のとおりである)。

ロ その後、訴外人が特許異議の申立をなし公知文献である実公昭47―18103号公報を提出したが、特許庁は、右公報には本件発明の構成要件である回転羽根の上面に下方に向つて拡径した回転ホツパを一体的に構成したことは記載されておらず、本件発明は右公報に記載のものから容易に発明できたものでもないとして、右異議申立は理由がない旨の決定をしている。

(3) 以上にみた本件発明の目的と効果ならびに審査の経過によれば、回転羽根15の上面に下方に向つて拡径した回転ホツパ18を一体的に構成した構成要件(4)こそが、本件考案の技術思想を表わした最も重要な構成要件であることが容易に理解されるであろう。

(4) 一方、本件発明の構成要件(1)ないし(3)、すなわち、上方に向つて拡径した固定円錐ケース4の周部上方に切削刃7を臨ませた切削物排出口6を設け、円錐ケース4内にその内面に沿つて回転羽根15を設けることは、前記作用効果①、⑤(回転ホツパ18の上端口から、小氷塊25を円錐ケース4の底部に投入し回転羽根15の羽根17によつて旋回を与えると、小氷塊25に遠心力を生じ旋回しながら円錐ケース4の内面に沿つて上昇し、遠心力により切削刃7に接してその一部が切削されて切削物排出口6から排出され、切削刃7に接する小氷塊群の末端部分は円錐室内の一部を構成する切削刃7の末端に安定的に押しつけられ、小氷塊群の量に無関係に切削効率が良いとの作用効果)を達成するものであるが、右構成要件は、いずれも、本件発明の出願前公知であつた登録実用新案第1216049号(以下公知技術(1)という)および登録実用新案第913509号(以下公知技術(2)という)と実質的に同一のものであるから、本件発明の特徴的(本質的)部分をなすものではなく、単なる附属的構成要件とみるべきものである。

(5) しかるところ、ロ号物件も、下方に向つて拡径した截頭円錘形のコーン18aの内面に沿つてブレード18bを一体的に設けてなるコーンブレード18を回転させるとともに、コーン18aの下方に近接して固定したシエービングプレート1の外周縁附近に達する部分に、カツター5を臨ませた切削氷排出口4を設ける構成(前記構成(1)'ないし(3)')を採用することによつて、小氷塊が遠心力により円錐底部(直径の大きい方の面)の狭い空間に順次、安定的に押しつけられ、小氷塊群の量に関係なく、切削刃によつて効率良く切削されるという前記本件発明の構成要件(1)ないし(3)に基づく作用効果と同一の作用効果を達成しているものである。

すなわち、両者は、機能を同じくし、これを取換えても同一の作用効果を生ずるのであるから置換可能であり、かつ、両者の右構成のいずれかを設計上の必要に応じ、適宜、取捨選択することは、当業者にとつて極めて容易になしうるところであり、本件発明出願当時の当業者であれば、本件発明の公報の記載から容易に想到しうる程度のものであつたというべきである。

(6) そうすると、結局、ロ号物件の構成(1)'ないし(3)'と、本件発明の構成要件(1)ないし(3)との間にみられる前記差異は、本件発明の非特徴的(非本質的)部分に関する設計上の微差にすぎず、両者は、互いに、均等の関係にあるといわねばならない。

4 以上のとおりとすると、ロ号物件は、本件発明の構成要件を実質的に全部充足するものであり、本件発明の技術的範囲に属するものである。

したがつて、被告が、イ号物件およびロ号物件を業として製造販売することは、原告の本件特許権を侵害することになる。

2 補償金請求について

(1) 被告がイ、ロ号物件を業として製造販売することが、原告の本件特許権を侵害することになることは前記のとおりである。

(2) ところで、原告は被告に対し、本件発明の出願公開がなされた後、昭和52年7月9日到達の内容証明郵便により、出願にかかる本件発明の内容を記載した書面を提示して警告した。

(3) ところが、被告は、右警告後である昭和52年7月9日から本件発明の出願公告日である昭和53年8月15日までの間に業としてイ、ロ号物件を各1500台合計3000台を製造販売し、その売上高は合計1億8486万円(単価6万1620円、3000台分)に達している。

そして、本件発明の実施に対し通常受けるべき金額は、少なくとも売上高の3パーセントを下ることはない。

(4) したがつて、被告は原告に対し、右通常受けるべき金額に相当する額の補償金として554万5800円を支払うべきである。

3 結論

よつて、原告は被告に対し、(1)特許法100条1、2項により、イ、ロ号物件の製造販売の差止めと侵害行為を組成するイ、ロ号物件の半成品ないし仕掛品の廃棄ならびに右侵害行為に供された設備の除却を求め、(2)同法65条の3第1項の規定に基づき、右補償金554万5800円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和54年1月28日から支払いずみに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第3被告の答弁

1  請求原因1(1)の事実は認める。

2  同1(2)のうち、2記載の各効果が、本件発明の効果としてその明細書に記載されていることは認めるが、その余の主張は争う。

本件発明の構成要件は、次の(イ)ないし(ハ)の3構成要件の総和というべきである。

(イ)  上方に向つて拡径した固定円錐ケースの周部上方に切削刃7を臨ませた切削物排出口6を設けたこと(原告主張の構成要件(1)と(2))。

(ロ)  前記円錐ケース4内にその内面に沿つて回転羽根15を設けたこと(原告主張の構成要件(3))。

(ハ)  その回転羽根15の上面に下方に向つて拡径した回転ホツパ18を一体的に構成したこと(原告主張の構成要件(4))。

3  同1(3)のうち、被告が、業として、かつてイ号物件(ただし、その構造が正確に原告主張のとおりであつたか否かの点は除く)を製造販売したことがあることおよびロ号物件を製造販売していることは認めるが、その余の主張は争う。

被告は、原告から警告を受けた後、直ちに弁理士に相談しイ号物件を製造販売することは本件特許権を侵害する虞れありとの意見を得たので、仕掛中の物を除く将来の製造の中止と販売活動の中止を行い、また、一部の回収、廃棄すら実施した。被告は、その後はイ号物件を全く製造販売しておらず、今後もこれを行う意思はない。

4  同1(4)の主張は争う。

5  同1(5)のうち、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属することは認める。

6  同1(6)の主張は争う。ただし、本件発明とロ号物件との間に、原告主張の如き相違点の存することは認める。

7  同2(1)の主張は争う。

8  同2(2)の事実は認める。

9  同2(3)、(4)および同3の主張は、いずれも争う。

第4被告の主張

1  差止請求について

ロ号物件は、本件発明の構成要件(1)ないし(3)を充足せず、その技術的範囲に属さない。すなわち、

(1)  本件発明は、従来からの氷削機において広く採用されている平板なシエービングプレートにかえて、上方に向つて拡径した固定円錐ケース4(構成要件(1))を採用したことを特徴とするものであり、この上方に向つて拡径した固定円錐ケース4の周部上方にカツター7を臨ませた切削物排出口6を設けたこと(構成要件(1)、(2))によつて、本件発明に特有の作用効果を得るものである。このことは、本件発明の明細書に、上方に向つて拡径したケース4内の小氷塊は遠心力によつてケース4の内面に沿つて上昇しカツター7に接して遠心力によつてその一部が切削され、氷塊の融解水はケース4の下部(直径の小さい方)に設けた水抜口より流出するため、カツター7により切削され切削物排出口6より排出される削氷は、水を全く含まない上質の雪状のものが得られる(作用効果①、⑥)旨明記されていることから、疑問の余地がない。

一方、ロ号物件は、本件発明の特徴的部分をなす上方に向つて拡径した円錐ケース4を採用せず、シエービングプレートとしては、従来から広く使用されている平板なシエービングプレート1を採用した。そのため、該プレート上の小氷塊に遠心力を作用させても、その遠心力は水平面をなしている該プレートの上面に対して平行に作用するだけで、シエービングプレート1に設けられたカツター5に対して小氷塊を押接させる作用力として働かない。

そこで、ロ号物件の場合には、ブレード18bをシエービングプレート1に対し鋭角に傾斜させ、かつ、カツター幅を大きくとることにより、前記遠心力の分力にクサビ状の圧着力を附加し、本件発明の場合よりも氷の切削力を大きくしている。

(2)  さらに、ロ号物件のブレード18bは、原告の自認するとおり、コーン18aと一体となつて回転するものであるから、回転羽根15だけが回転するようになつている構成要件(3)を充足しないことはいうまでもない。

(3)  右のとおり、ロ号物件は、本件発明とその構成を異にし、かつ、その構成上の差異は、いずれも、固有の作用効果上の差異を生ずるものであるから、これらの差異が、単なる設計上の微差である筈はなく、たとえ、均等の理論自体は肯定するとしても、本件につきこれを云々する余地は全くない。

よつて、ロ号物件は、本件発明の技術的範囲に属さない。

2  補償金の請求について

被告が、原告から警告を受けた後に業として製造販売したイ号物件の総台数は合計86台であるが、そのうち24台は返品されたから、実際に売却された台数は62台であり、その売上高は353万3280円である(このことは、被告において作成している集計表、作業帖、売上日記帳―乙第2ないし第5号証―により明らかである。なお、被告は右実際の販売に先立ち数10台の試作品を製造しているが、これらはもちろん市場に出されておらず、警告後に販売されたイ号物件の実数は右のとおりである)。

そして、本件発明の内容、イ号物件が利益率の極めて薄い製品であること、被告においてイ号物件を相当数回収し、廃棄していること等を勘案すれば、被告が支払うべき補償金は、右売上高の1パーセント程度というのが妥当である。

第5原告の反論

1  差止請求について

(1)  被告は、本件発明は「上方に向つて拡径した固定円錐ケース4」を採用したことを特徴とするもので、この構成によつて、「氷塊の融解水はケース4の下部に設けた水抜口より流出するためカツター7により切削され排出口6より排出される削氷は水を全く含まない上質の雪状のものが得られる」との作用効果を達成している旨主張するが、右効果は、被切削物が氷塊の場合にのみ生ずるものであり、本件発明の装置は、氷塊のみならずその他の食品(例えば野菜等)をも切削する装置であるから、本来、水抜口は、必要不可欠のものではない。そして、被切削物が氷塊の場合で円錐ケース4を上方に向つて拡径した実施例の場合でも、水抜口21を該ケースの下部に設けて融解水を流出させる構成は、およそ技術常識に属するものであるうえ、右融解水の排出手段は、本件発明の構成要件とされていないのであるから、円錐ケースの拡径の方向を上方から下方に設計変更した場合、排水の必要に応じ、水抜口を右実施例の位置と異なる場所に設けることは自明のことであり、そのように変更しても、本件発明の技術的範囲に属することに変わりはない。

そして、実際に、ロ号物件でも、コーンブレード18内の氷塊は遠心力によつてシエービングプレート1の周縁部に移動して切削され、生じた融解水も、当然、該周縁部に滞留するから、同所に前記通孔34を設けることによつて有効に排水され、右と同様の効果をあげているのであつて、ロ号物件のカタログでは、「どんなバラ氷でも雪のように美しく数分間で多人数分のフラツペができます。」と宣伝している。

(2)  また、被告は、ロ号物件では、遠心力は平板なシエービングプレート1上面に取付けたカツター5に対し氷塊を押接させる作用力として働かず、本件発明と作用効果を異にするかの如くいうが、右主張は事実に反するものである。

すなわち、ロ号物件においても、コーン18aとシエービングプレート1によつて形成される円錘形室内に氷塊が投入されると、ブレード18bによつて回転させられた氷塊群は、遠心力により円錘形室底部の狭い空間に、順次、押し込められる。そして、氷塊群が、右円錘形室底部の狭い空間に、クサビ状に押し込まれると、底面(シエービングプレート1)に対して平行に作用する遠心力は、当然、コーン18aおよびシエービングプレート1に対して、それぞれ、直角方向に分力(押接力)となつて作用し、氷塊をコーン18aおよびシエービングプレート1の双方に圧着させる。したがつて、氷塊は、シエービングプレート1の1側外周縁の近傍に達する部分にまで設けられたカツター5に安定的に押しつけられて切削されるのである。

これは、まさに、遠心力が押接力として作用した結果にほかならず、ロ号物件は、本件発明の前記作用効果⑤と同一の作用効果を有するものである。

被告は、シエービングプレート1にカツター5を取り附けたロ号物件においては、氷塊をカツターに押接させて切削するためには、ブレード18bをシエービングプレート1に対し鋭角に傾斜させ、かつ、カツター幅を大きくとることが必要不可欠であるかの如くいうが、そのしからざることは前に述べたとおりである。

ただ、ロ号物件の場合、シエービングプレート1に作用する分力は、コーン18aに作用する分力に比し、理論上、若干小さくなるが、シエービングプレート1に取附けたカツター5に氷塊を押接させて切削することには変わりがなく、ブレード18bに傾斜をつけ圧着力を増加せしめることは単なる附加的構成にすぎない(なお、本件発明の特許請求の範囲には回転羽根15とのみ記載されているにすぎないから、ロ号物件の如き傾斜を附したブレード18bが右の回転羽根に含まれることは、いうまでもない)。

(3)  さらに、被告は、回転部材の相違をいうが、右円錐形の容器の周壁を、これと一体的に形成した回転羽根とともに、回転せしめても、「小氷塊に遠心力を生じ旋回しながら円錐ケース4の内面に沿つて上昇し(下降も同じ)」という作用効果を、同様に奏し得るものであり、またこの場合、固定した円錐形室底面の外周縁の近傍に切削刃を臨ませることにより、「切削刃7に接する小氷塊の末端部分は円錐形室内の1部を構成する切削刃の末端に安定的に押しつけられ小氷塊群の量に無関係に切削効率が良い効果がある」との作用効果を、同様に、達成することが可能である。

したがつて、本件発明において、前記「固定円錐ケース4」の要件中、「固定」なる構成要素は、該ケース自体の固定というよりも、それに設けられる切削刃を固定することに、重要な技術的意義が存するものである。けだし、容器内の回転羽根で回転せしめられる氷塊を切削するには、必ず切削刃を固定し、容器内部に突出させる必要があるからである。

本件発明の特許請求の範囲においても、「固定円錐ケース4の周部上方に切削刃7を臨ませた切削物排出口6を設け」と記載し、右切削刃が固定部材(固定円錐ケース)に設けられ、固定されていることを示している。

そうすると、ロ号物件において、円錘ケース(コーン18a)を回転羽根(ブレード18b)とともに回転させ、かつ、フレームに固着したシエービングプレート1(円錘形室底面)にカツターを臨ませてこれを固定する構成は、本件発明の前記要件を完全に充足するというべきである。

(4)  以上によれば、被告の前記各主張はいずれも理由がないので、結局、ロ号物件は、本件発明と相互に均等の構成を具備し、本件発明の技術的範囲に属するものであることが明白である。

2  補償金請求について

被告が原告主張の期間中に製造販売したイ号物件の数量は、以下に述べるとおり、どんなに少なく見積つても、230台を下回ることはないと推認され、被告提出の資料の記載内容は、事実に反するものと思料される。

すなわち、氷削機は、その商品の季節的性格のため、毎年2、3月頃から6、7月頃までに製造されるものであるから、被告が訴外柏松化工株式会社から昭和51年6月7日より昭和52年6月9日までに買受けた氷削機の部品は、すべて、昭和52年2、3月頃から5、6月頃にかけて製造されたイ号物件に使用されたものと推認されるところ、右部品の数量からすれば、右期間に製造されたイ号物件が720台を下らぬことは明らかである。

そして、被告は、これを、すべて、同年夏期中に販売したものであり(被告は、前記警告を受けた後、本年夏期中の残品販売を黙認してほしい旨原告に要請している)、これを前提として考えれば、同年7月9日以降に販売されたイ号物件の数量は、被告が自認する月別販売状況(5月から8月までの販売台数合計266台であるのに対し、7月9日以降分は86台で、約3分の1になつていること)から推定しても、230台を下回ることはない。被告主張の台数は過少である。

第6証拠

(原告)

1  甲第1号証、第2号証の1、2、第3号証、第4号証の1、2、第5号証、第6ないし第9号証の各1、2、第10ないし第12号証、第13号証の1、2、第14ないし第20号証。検甲第1号証(イ号物件)、第2号証(ロ号物件、ただし、FM―802C型)、第3号証(原告の実施品)

2  証人大西松夫

3  乙第1号証の成立は認めるが、第2ないし第5号証の成立および第6、第7号証が被告主張の写真であることは不知。

(被告)

1 乙第1ないし第7号証(第6、第7号証は、池永馨が昭和55年11月15日に撮影したイ号物件の廃棄部分の写真)。

2 甲号各証の成立および検甲号各証が原告主張の物品であることは認める。

理由

1  原告主張の請求原因1のうち、原告が本件特許権を有すること((1)の事実)、被告が業として、かつてイ号物件を製造販売したことがあり、また、現にロ号物件を製造販売していること((3)の事実の一部)、および、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属すること((5)の事実)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、以下、ロ号物件が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて、検討する。

(1)  まず請求原因1(1)に記載され当事者間に争いのない本件発明の「特許請求の範囲」の記載によれば、本件発明の構成要件を原告主張の(1)ないし(5)の構成要件に分説することができる(この点に関し、被告はこれをその主張の(イ)ないし(ハ)の構成要件の総和というべきである旨主張するが、その本旨は、被告主張の如く分説した方が本件発明の本質を理解するうえでより適切であることをいうにあり、原告主張の構成要件に分説しうること自体を否定するものではないと解される)。

(2)  そして、ロ号物件の構成も、その特定に関して争いのない第2物件目録の記載に照らすと、原告主張の(1)'ないし(5)'の構成に分説することができる。

(3)  しかして、ロ号物件の(4)'、(5)'の各構成が、それぞれ、本件発明の(4)、(5)の各構成要件を充足していることは明らかである。

(4)  しかし、一方、ロ号物件の(1)'ないし(3)'の各構成が、本件発明の(1)ないし(3)の各構成要件を、それぞれ、そのまま充足するものでないことも明らかであり、そのこと自体は原告の自認するところであつて、その相違点が原告主張の如きものであることについては当事者間に争いがない。

(5)  しかるところ、原告は、右両者間の差異は本件発明の非特徴的(非本質的)部分に関するものであり、ロ号物件の(1)'ないし(3)'の構成は本件発明の(1)ないし(3)の構成要件と均等である旨主張するので、以下、その当否について検討する。

1 まず、原告は、構成要件(4)こそが本件発明の特徴的(本質的)部分であり、構成要件(1)ないし(3)は、公知技術と実質的に同一であるから、単なる附属的構成要件にすぎない旨主張するが、にわかに首肯し難い。

なるほど、いずれも成立につき争いのない甲第1号証と第16ないし第20号証によると、原告において構成要件(4)が本件発明の特徴的(本質的)部分であることの裏づけとして主張する請求原因―(6)の事実のうち、3(1)、(2)イ(一部)、ロの各事実(すなわち、本件発明の明細書に、本件発明は氷塊および食品の切削装置に関するものでその能率的切削、とくに極薄板状切削ができることを目的とし、上方に向つて拡径した固定円錐ケース4内に設けた回転羽根15と、下方に向つて拡径した回転ホツパ18とが一体に回転することを特徴とするものである旨明記されていること、また、この構成を含むことによる作用効果として、原告主張の②ないし④の作用効果が列記されていること、および、本件発明の公報には原告主張の引用公報が引用文献としてあげられているが、本件発明は公告されかつ登録されていること、特許庁審査官が、原告主張のとおり、特許異議申立人が提出した公報には構成要件(4)は記載されていないとして右異議申立を理由なしとする旨の決定をしていること)を認めることができ(ちなみに、右引用公報に記載されている実用新案の名称、登録請求の範囲、実施例図は、別紙引用技術目録記載のとおりである。以下これを引用技術という)、右事実によれば、本件発明の構成要件中、前記②ないし④の作用効果を生ぜしめる構成要件(4)が、本件発明の構成上重要な要件をなすものであることは否定し難いといわねばならず、その意味で、原告が右構成要件が本件発明の特徴的(本質的)部分であると主張するのも、理解しえないではない。

しかしながら、前記「特許請求の範囲」の記載や本件発明の目的、特徴に関する前記明細書の記載からも明らかなように、そこでは、本件発明の特徴として回転羽根15と下方に向つて拡径した回転ホツパ18とを一体に回転せしめることのみがあげられているのではなく、回転羽根について、「上方に向つて拡径した固定円錐ケース4内に設けた回転羽根15」として、それが上方に向つて拡径した固定円錐ケース4の内面に沿つて設けられるものであることを明記しているのであるから、本件発明の特徴を考えるにあたつて、回転羽根15とホツパ18が一体に回転するようになつていることのみを重視し、回転羽根15が上方に向つて拡径した固定円錐ケース4内に設けられているものであることすなわち固定円錐ケース4の存在を無視する訳にはいかず、また、作用効果についても、前掲甲第1号証によると、本件発明の明細書の「発明の詳細な説明」欄には、右②ないし④の効果だけが記載されているのではなく、本件発明の構成全体を説明しその作用として①の作用を説明した後、本件発明は以上のような構成によるので②ないし⑥の効果があげられる旨記載しているのであり、これら①ないし⑥の作用効果はいずれも本件発明に固有の作用効果として列記されているものと解されるから、②ないし④の効果だけを重要視し、①、⑤、⑥の作用効果を軽視ないし無視して、ことを論ずるのは正当でない。

のみならず、原告が、本件発明の(1)ないし(3)の構成要件は公知技術(1)、(2)と実質的に同一である旨主張する点も、にわかに首肯しえない。

まず、公知技術(1)についていえば、それが本件発明の出願前公知のものであつたことを肯認させるに足る証拠はなく、かえつて、成立につき争いのない甲第13号証の2(公知技術(1)の公報=実公昭52―21357号公報)によれば、右技術は本件発明の出願前公知のものでなかつたことが認められるというべきである。すなわち、本件発明は昭和50年2月28日に出願されたものであるところ(争いがない)、右証拠によれば、公知技術(1)は昭和49年2月26日に出願された考案であるが、それが公開されたのが昭和50年9月11日、公告されたのが昭和52年5月16日であることが明らかであり、そうだとすれば、他に特段の事情が主張立証されない限り、公知技術(1)は本件発明の出願前公知のものではなかつたというべきである。

また、成立につき争いのない甲第14号証(公知技術(2)の公報=実公昭45―5994号公報)によれば、公知技術(2)が本件発明の出願前公知のものであつたことは明らかであるが、本件発明の構成要件(1)ないし(3)が右技術と実質的に同一であるとは断じ難い。すなわち、右証拠によると、公知技術(2)は昭和45年3月24日に出願公告になつた考案であつて、「周面2に設けた細隙7から内部に臨む削刃9を取付けてなる円胴1の側面4に供給口5を形成してこれにホツパー6の下端口を連通し、円胴1には回転方向に逆らう方向に退く翼片16が形成され、その翼片先端17を円胴周面2の内面に接近させた回転翼13を内装し、供給口5から連続供給される氷塊に回転翼13の回転による遠心力を与えると同時にその氷塊を翼片16により削刃9に押圧して切削するように構成した氷削機。」(同公報4欄2行目ないし10行目。その名称、実施例図は別紙公知技術目録記載のとおり)であることが認められ、これによれば、右技術は回転する翼体によつて小氷塊に遠心力を生ぜしめこれをケースの周部に設けた切削刃に接触せしめて切削を図る点において本件発明と技術思想を共通にするものであるということができ、また、右公報には「側面4及び供給口5が上方に向く縦型とする場合もある。また円胴1の周面2を緩傾斜の円錐形とすることもできる」旨記載されていること(同公報2欄7行目ないし9行目)が明らかであるが、これは、円胴の向きと円胴の形状を述べるにとどまるものであつて、周部を上方に向つて拡径した円錐ケース(本件発明の構成要件(1))とすることまでを示唆するものとは認め難く、かつ、これを前提とする本件発明の作用効果すなわち「小氷塊25に遠心力を生じ旋回しながら円錐ケース4の内面に沿つて上昇(し)」(本件発明の作用効果①の一部)、「融解水は円錐ケース4の下部に設けた水抜口21より流出するため切削刃7により切削され切削物排出口6より排される削氷は水を全く含まない上質の雪状のものが得られる」(本件発明の作用効果⑥)ことを窺わせる記載もない。すなわち、右公知技術(2)には、本件発明の如く上方に向つて拡径した固定円錐ケースの内周面に沿つて回転羽根を設け、その回転によつて小氷塊に遠心力を与えてこれを該円錐ケースの内面に沿つて上昇せしめ、もつて、小氷塊と融解水を分離せしめ融解水を含まぬ上質の削氷を得ようとする技術思想が開示されているとは認め難く、これと本件発明の構成要件(1)ないし(3)の実質的同一性をいう原告の主張はたやすく採用しえない(ちなみに、前掲甲第14号証によれば、公知技術(2)は、従来の小氷塊群を削氷材料とする氷削機が、有底円筒形に形成した容器形削盤の底板の下面から削刃を突出するとともに下面に螺旋階段状の特殊形押圧面を設けた旋回板を削盤の内部に回転自由に装置し、その旋回板上にホツパーを立設したものであり、その旋回板を急速に回転させると、ホツパーから連続供給せられる氷塊群が遠心作用によつて周方に飛散する傾向となり、そのため削盤の円筒部内周に氷塊群が密着しながら摺擦状に回転して削刃との接触が不良となり、かつ、その摺擦回転によつて氷の融解を出ずる等の欠陥を有していたのに鑑み、これを改良しようとしたものであるにとどまるものと認められる)。

2 ところで、右にみた公知技術(2)および前記引用技術と本件発明を対比してみるに、本件発明の構成要件のうち、(イ)ケースの周部に切削刃を臨ませた切削物排出口を設けること、(ロ)ケース内にその内面に沿つて回転する羽根(小氷塊に遠心力を与えこれを切削刃に接触せしめる働きをする)を設けること、(ハ)その羽根と回転する回転ホツパを一体的に構成すること(なお、前記引用公報に記載された実施例図をみると、その回転体(6)の上方は窄まつていてこれは本件発明にいう下面に向つて拡径した回転ホツパに相当するとみることができる)は、いずれも右公知技術および引用技術に示されているというべきであるから、本件発明の特徴を原告主張の如く回転ホツパと回転羽根を一体に構成した構成要件(4)にのみ求めるのは相当でなく、本件発明は構成要件(1)ないし(5)の組合せからなるものであるというべきであるが、あえて、その特徴的部分をあげるとすれば、公知技術や引用技術には、上方に拡径した固定円錐ケースとこれによる作用効果の利用が示されているとは認め難いこと(前記1参照)からして、それは、むしろ、被告のいうように従来から使用されていた平板なシエービングプレートにかえて上方に拡径した固定円錐ケースを採用した点にあると解するのが相当である。

3 しかして、原告の均等の主張を肯認するためには、まず、ロ号物件の(1)'ないし(3)'の構成が一見(1)ないし(3)の構成要件を充足していないにもかかわらず、本件発明の構成要件(1)ないし(3)がもたらす作用効果と同一の作用効果を有することが肯認されねばならないが、これを肯認することは困難である。

すなわち、本件発明が(1)ないし(5)の構成要件からなることによつて、①ないし⑥の作用効果を奏するものであることは前記のとおりであり、その特徴的部分と解しうる上方に拡径した固定円錐ケースの使用とこれを採用したことによつて可能となつたと認められる作用効果⑥の存在を無視して、ことを論ずるのが正当でないことも前記のとおりである。

しかるところ、ロ号物件において、上方に拡径した固定円錐ケースが使用されておらず、平板なシエービングプレートが使用されていることは争いのないところであり、ロ号物件によつて小氷塊を切削する場合、遠心力を与えられた小氷塊が旋回しながら円錐ケースの内面に沿つて上昇し、一方、融解水はこれと分離されてその下部に設けられた水抜口から流出されるということがありえないことは明らかである。ロ号物件では、原告も自認するとおり、氷塊は遠心力によつてシエービングプレートの周縁部に移動して切削され、生じた融解水も、当然、そこに滞留するのであるから、本件発明にかかる固定円錐ケースの方が、ロ号物件の水平面をなす固定シエービングプレートより氷塊の水切りがよいことは、見易い道理である。

原告は、ロ号物件でもシエービングプレートの周縁部に通孔を設けることによつて有効に排水でき本件発明と同様の効果をあげているというが、氷塊と融解水とを分離可能にしている本件発明の場合と氷塊と融解水が相伴つて周縁部に移動、滞留するロ号物件とが、水切りの良さの点において全く同一の効果をあげるものとは考え難く、採用できない。

また、成立につき争いのない甲第11号証によれば、被告はロ号物件に関し、原告主張のとおり「……雪のように美しく……フラツペができます。」との宣伝をしていることが明らかであるが、右宣伝が、本件発明との比較において、これと同様に水分を含まない雪のようなフラツペができる旨宣伝しているものとは認められず、右事実は前記認定、判断の妨げになるものではない。

さらに、原告は、本件発明は、氷塊および食品の切削装置についてのものであるところ、前記⑥の効果は切削物が氷塊である場合にのみ生ずるものである旨主張するが、たとえ、そうだとしても、前掲甲第1号証によつて認められる次の事実、すなわち、(イ)右作用効果は、本件発明の明細書において、「被切削物が永塊の場合には……」と明記されているものであり、この記載態様からみると、氷塊および食品の切削に関するもののうち特に氷塊の切削に関する効果を意識的に示したものと解されること、(ロ)そもそも、本件発明は、氷塊および食品の切削装置とされているが、その明細書の「発明の詳細な説明」欄において、氷塊以外の食品のことが触れられているのは、その冒頭の本件発明の目的に関し「この発明は氷塊および食品の切削装置に関するもので……」とある部分だけであり、以下の実施例についての説明および作用効果に関する記載は全て氷塊の切削に係るものであることに照らすと、右氷塊を切削する場合の作用効果を軽視しえないことは明らかである。

4 以上のとおりであるから、原告の均等の主張は、採用できない。成立に争いのない甲第12号証(鑑定書)には右認定、判断に反する記載があるが、採用できない。

(6)  そして、さらに、見方を変えていえば、ロ号物件は、前記引用公報に記載されている本件発明の出願前公知であつた技術に類似するということができる。

すなわち、右引用公報によると、その器筐1の上壁8には開口13があり、この開口13の上端に切削刃14が装置されているが、これはロ号物件のシエービングプレート1に類似する。また、引用公報に記載の翼片11は基部12より上方に向つて傾斜するが、これはロ号物件の傾斜ブレード18bに類似する。さらに、同じく引用公報の回転体6は上下2段に分けられているとみうるが、その下段部分はロ号物件の筒状体18aに類似し、上段部分はロ号物件のバレル24に類似しているとみることができる。

このようにみてくると、ロ号物件は、右引用公報記載の公知技術によつたものということもできる。

(7)  以上のとおりとすると、ロ号物件が本件発明の技術的範囲に属するものとはとうてい認め難い。

3 イ号物件が本件発明の技術的範囲に属することは明らかであり当事者間にも争いがないが、ロ号物件が本件発明の技術的範囲に属するものと認められないことは右のとおりである。

そこで、以下、専らイ号物件に関する差止請求および補償金請求の当否につき検討する。

(1)  まず、差止請求についてみるに、被告が、かつて、イ号物件を業として製造販売したことについて当事者間に争いがないことは前示のとおりであるが、現にイ号物件を製造販売していることないし今後これを製造販売するであろうことを認めるに足る証拠はなく、被告がイ号物件の製造販売に関し本件特許権を現に侵害する者または侵害するおそれがある者に該当するとは認められない。

かえつて、成立について争いのない甲第4号証の1、2、第5号証、第6ないし第9号証の各1、2、第10号証、第15号証、前掲甲第11号証、文書の様式、体裁により真正に成立したものと認むべき乙第2号証、弁論の全趣旨により被告主張のとおりの写真であると認むべき乙第6、第7号証と証人大西松夫の証言ならびに弁論の全趣旨に照らすと、被告は、昭和52年5月頃からイ号物件を販売していたが、同年7月9日、原告よりイ号物件は本件発明の技術的範囲に属する旨内容証明郵便による警告を受け、弁理士に相談したところ、イ号物件の製造販売は本件特許権を侵害する虞れがあるとの意見であつたので、同年7月末頃をもつてイ号物件の製造をやめ、翌53年からはロ号物件を製造販売しておりイ号物件は製造販売していないこと、そして、被告が販売したイ号物件のなかには、その後、返品または回収されたものがあり、これについては被告において廃棄するため分解、解体するなどの措置をとつており、被告は、今後、本件特許権の存続する限り、イ号物件を製造販売する意思は有していないことが認められ、右事実によれば、被告はイ号物件の製造販売に関し現に本件特許権を侵害する者でないのはもちろん侵害するおそれがある者にもあたらないというべきである。

そうすると、原告の本訴差止請求は理由がないというほかはない。

(2)  次に、補償金請求についてみるに、被告がかつて本件発明の技術的範囲に属するイ号物件を業として製造販売したこと、これに対し、原告が本件発明の出願公開後、公告前にその主張の如き警告をしたこと、右警告を受けた後にも、被告が業としてイ号物件を製造していたことがあること、以上の事実については当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告は、本件発明に関し、特許法65条の3第1項にいう警告後出願公告前に業として本件発明を実施した者に該当すると認められる。

しかしながら、被告が右警告を受けた後に業として製造販売したイ号物件の販売数量が、原告主張の如きものであることについては、これを認めるに足る証拠はない。前掲甲第15号証、証人大西松夫の証言によると、訴外柏松化工合資会社は、被告に対してイ号物件の部品である本体カバー、ヘツドカバー、水受等を納入していたものであり、同社が被告に納入した右部品の数量は、昭和51年6月中の分が計500台分、翌52年6月9日納入分が220台分(ただし、水受は210台分)合計720台分であることが認められる。原告は被告がこれを使用して製造したイ号物件720台は全て昭和52年の夏期中に販売されたもので、被告の自認する月別販売状況(5月から8月までの販売台数が合計266台であるのに対し、7月9日以降分は86台で約3分の1になつていること)からみて、警告後に販売されたイ号物件は、230台を下回ることはない旨主張するが、右部品全部が実際に販売された完成製品の部品として使用されたのかどうかは明らかでなく(被告は量産に入る前に数10台の試作品を製造した旨主張するところ、その台数はともかく、試作品も製造されたであろうことは、たやすく否定し難いと考えられる)、仮に、原告主張の如く右部品全部が完成製品の部品として使用され、その製品全部が昭和52年5月から8月の間に販売されたとしても、7月9日を基準とするその前後の販売数量の割合を原告主張の如く推定するのが正当であることを裏づける証拠も存しないから原告の右主張はたやすく採用しえない。

そして、他に的確な立証のない本件においては、同年7月9日以降に製造販売されたイ号物件の数量は、前掲乙第2号証や弁論の全趣旨により成立を認むべき乙第5号証により認めうる範囲内で87台と認めるほかはなく、右証拠によれば、その売上高は485万1,440円と認められる。

なお、右証拠によれば、そのうち24台は返品になつたものと認められるが、それが一旦現実に販売されたものである以上、原告主張の補償金の算定にあたつてこれを除外すべきものとは解し難い。

しかして、本件発明の実施に対し原告が通常受けるべき金銭の額は、原告主張のとおり右売上高の3パーセントと認めるのが相当であるから、これにより原告が被告に対し請求しうる補償金を算定すると、14万5,543円(円未満切捨て)となる。

4 以上のとおりとすると、本訴請求中、イ、ロ号物件に関する差止請求とイ、ロ号物件の廃棄およびその製造設備の除却請求ならびにロ号物件についての補償金請求は、いずれも理由がないが、イ号物件についての補償金請求のうち14万5,543円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和54年1月28日から支払いずみに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由がある。

よつて、右の限度で、原告の本訴請求を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法89条、92条、仮執行の宣言につき同法196条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(金田育三 上野茂 若林諒)

〈以下省略〉

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